科学の目で見る日本酒 – 第1回 清酒酵母

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科学の目で見る日本酒 – 第1回 清酒酵母
家飲み編集部

エディター

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石川 雄章

TAKEAKI ISHIKAWA

(公益財団法人 日本醸造協会 非常勤顧問)

昭和16年岩手県出身。岩手大学大学院農学研究科修了。昭和42年国税庁醸造試験所(現独立行政法人酒類総合研究所)。その後、東京、仙台、金沢の国税局鑑定官室に勤務。秋田県醸造試験場長(同県商工労働部参事)、金沢国税局酒類監理官、国税庁鑑定企画官を歴任し、平成12年国税庁醸造研究所所長を最後に退官。同年10月から(公財)日本醸造協会理事、常務理事、副会長、平成23年9月~平成27年11月代表理事・会長。現在、( 公財)日本醸造協会顧問(非常勤)を務める。

写真:2008年4月 岩手日日新聞社

1.清酒酵母の姿と大きさ-身体測定:身長と体重-

 清酒もろみの中でぶどう糖からアルコールを造っている“生物(せいぶつ)”が「清酒酵母」です。その姿は卵の形をしており、鶏卵を縦横ともにギュッとおおよそ1/10,000 に縮めた形の、5~10 ミクロンと非常に小さな単細胞の生き物で、「微生物」の仲間になります(図1)。微生物には、麹菌や乳酸菌、納豆菌などの細菌類も含まれます。酵母や麹菌は細菌類などとは違って、高等生物により近い細胞の構造を持っています。では、体重は?太ったのや痩せたものもいるのですが、いかに科学が進んだとはいえ、酵母を1個ずつ体重計に乗せて計るわけにはいきません。皆でいっせいに体重計に乗ってもらい平均を出す方法で求めますが、200 ~ 300億個の酵母が一緒に体重計に乗ると、おおよそ1gになりますから、酵母1個だと0.00000000003 ~ 5gです。ちなみに、(公財)日本醸造協会が頒布している「きょうかい酵母」アンプル1本には200億個の酵母が含まれています。

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 こんな姿の清酒酵母が、清酒もろみでは1 cc(1mL)あたりで約2 億個が活動し、せっせとぶどう糖を分解してアルコール(正確にはエチルアルコール)と炭酸ガスを造り出しています。

2.清酒酵母の内部をのぞく

 清酒酵母の内部は、図2のようになっています。これは清酒酵母をスパッと輪切りにしてのぞいたと思ってください。酵母の内部には、生物として生活し、子孫を増やし、残すために必要ないろいろな器官を持っています。もちろんアルコールもこの細胞の中で造られ、外へ吐き出されます。

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 酵母は、高等生物と同じような細胞の構造を持っているので、バイオの研究では高等生物の細胞モデルとしてよく使われています。そして、酵母細胞の周囲は卵の殻にあたる厚い細胞壁に覆われているので、動物よりは植物の細胞に近いといえます。

3.清酒酵母は芽を出して増える

清酒酵母は図1に見られるように芽を出し、その芽が大きくなるとちぎれて2 個の酵母になる、という方法(出芽法)で数(子孫)を増やします。芽を出す酵母細胞を「母細胞」、芽のほう、子供の細胞を「娘細胞」といいます。芽が出てお互いに細胞がちぎれた痕跡はオヘソになって残ります。それぞれを「出芽痕」(母細胞)、「出生痕」(娘細胞)といいます。出芽痕を数えれば、母細胞が子を産んだ(出芽した)回数を知ることができます。

 清酒酵母は最適の条件(栄養が豊富で、酸素がたくさんあって、温度が30℃の環境)では、おおよそ2時間に1 回の速さで出芽し、娘細胞が離れて、1個が2 個、4個、8個になるという増殖を繰り返すことができます。とすると、行き着く先は ∞ でしょうか?そうはいきません。理由ははっきりしませんが、どんな場合でも最大数約2 億個/ mL で止まり、それ以上は決して増えません。

4.酵母がアルコールを造るのは生きるためのエネルギーを得る手段

 酵母がぶどう糖を発酵してアルコールを造るのは、もちろん人間様のためではありません。酸素が少ない環境で酵母が生きるためのエネルギーを得る手段なのです。これを化学式で表せば次のようになります。

C6H12O6→ 2C2H5OH + 2CO2↑:-⊿G0′= 40 kcal/mole 40 kcal/mole = ATP 2 mole (14.6 kcal) +25.4 kcal (発酵熱) -⊿G0′は標準自由エネルギー変化 ATP は酵母が生きるために使うことのできるエネルギー物質

 つまり、180g のぶどう糖から92g( 116.6 mL)のアルコールと88g( 44.8 L)の炭酸ガスが生成します。そして、25.4 kcal の発酵熱は、発酵が進むにつれてもろみの温度が上昇することになる熱源です。

 炭酸ガスはほとんどが揮散してしまいますが、ビールやシャンパンではこれを封じ込めて発泡性を持たせるのです。清酒でも最近では発泡清酒が造られています。

 一方、激しい撹拌やブクブク空気を吹き込んでやると、この化学式は次のようになります。

C6H12O6+ 6O2→ 6CO2↑+ 6H2O :-⊿G0′= 686 kcal/mole 686 kcal/mole = ATP 38 mole (277.4 kcal) +408.6 kcal (呼吸熱)

 ぶどう糖は完全に炭酸ガスと水に分解されてしまいますが、酵母が生きるために使うことのできるエネルギー物質(ATP)は、発酵の19 倍量も得られることになります。

 実際の清酒もろみでは、白米1t(デンプン価が75 ~ 80)からおおよそ250 ~330kg、容積にすると315 ~ 420L のアルコールを得ます。アルコール分15 度の純米酒に換算すると、1升びんでおおよそ1,150 ~1,550 本ということになります。

5.清酒もろみは酵母にとって酷寒・れつ悪な生活環境

清酒酵母の最適環境が、酸素がたくさんあって、温度が30℃という条件を考えれば、清酒もろみは酷寒・れつ悪な環境といわざるを得ません。特に吟醸造りに至っては最高温度が10~ 12℃なのでなおさらです。栄養についても、高精白米ではタンパク質やビタミン、ミネラルが不足です。そして、発酵が始まると、炭酸ガスが発生して無酸素狀態になります。いくら櫂かい入れするとはいっても、もろみ表面の酸素濃度は直ちにほぼゼロになるとの実験データがあります。このような環境で20 ~ 30 日という長期間、酵母は発酵を続けます。  酷寒・れつ悪な生活環境は酵母にとって大きなストレスです。それにもかかわらず、清酒もろみほど高アルコールを生成する酒造りはありません。そのメカニズムやこれらストレスに対応する酵母のいろいろな策については、紙数の関係で稿を改めてふれたいと思います。

6.清酒酵母には雌雄があるから交配もできる

  - 酵母の育種・改良-

 清酒の高級多様化の趨勢は、いろいろな性質の清酒酵母を生み出しています。その中で、交配による新酵母の育種について最後にふれます。

 清酒酵母は、栄養状態の極端に悪い状態にさらされると細胞内に4 個の胞子を造って、環境がよくなるまで休眠してしまいます。この4 個の胞子はそれぞれ2 個ずつオスとメスに相当する接合型の違う一倍体のa型とα型に分けられます。それぞれの胞子を分離して、栄養の良い環境に置くと、a型とα型の胞子は交配(接合という)して雑種化した新しい酵母(二倍体)に生まれ変わります(図3)。これを酵母の生活環といいますが、この現象を利用してそれぞれ異なる性質の酵母のa型とα型一倍体を交配(接合)して新しい清酒酵母が育種されています。

 最近の鑑評会で人気の高い「きょうかい1801号(K-1801)」は、図4 に示すように、カプロン酸エチル高生産株「きょうかい1601号(K-1601)」の発酵力をより強めるために、さらに「きょうかい9号(K-9)」と再度交配(接合)させて育種された清酒酵母です。ちなみに、K-1601 も「きょうかい7号(K-7)」と「きょうかい泡なし10号(K-1001)」を2度(2度目はK-1001 を突然変によってカプロン酸エチル高生産性を持たせたK-1001 変異株)も交配(接合)して育種された酵母です。今後もいろいろな特性をもった清酒酵母が育種・開発される楽しみがあり、いろいろな香りと味わいをもった新しいお酒が期待されますね。

FBOもてなしびと 2019年5月号 P12-13より引用

https://ienomi.tokyo/column/kagaku-nihonshu1/

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お酒が大好きなライター、アーティスト、編集者、イベンター、フードジャーナリスト、リカーショップスタッフなどなど、お酒を愛して止まない「イエノミスタ」が結成した「家飲み編集部」。それぞれの家飲みの風景や、お酒のセレクト、おつまりレシピなどをご紹介します!... もっとみる