科学の目で見る日本酒 – 第2回 酒造用水

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家飲み編集部

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石川 雄章

TAKEAKI ISHIKAWA

(公益財団法人 日本醸造協会 非常勤顧問)

昭和16年岩手県出身。岩手大学大学院農学研究科修了。昭和42年国税庁醸造試験所(現独立行政法人酒類総合研究所)。その後、東京、仙台、金沢の国税局鑑定官室に勤務。秋田県醸造試験場長(同県商工労働部参事)、金沢国税局酒類監理官、国税庁鑑定企画官を歴任し、平成12年国税庁醸造研究所所長を最後に退官。同年10月から(公財)日本醸造協会理事、常務理事、副会長、平成23年9月~平成27年11月代表理事・会長。現在、( 公財)日本醸造協会顧問(非常勤)を務める。

写真:2008年4月 岩手日日新聞社  

1.酒造りと水

 お酒造りでは、「水」が大切です。仕込みやアルコール度数調整の割水用水の他に、器具の洗浄用水などを含めると、原料白米の20 ~ 30 倍量の水が必要です。また、水は醸し出されるお酒の性質を大きく左右します。銘醸地とは酒造りに適した水が豊富に得られる地でもあるのです。

2.酒造用の名水-宮水-

灘の酒を名酒として全国に響かせた要因の一つが「宮水」です。本来は「西宮の水」という意味ですが、宮水が酒造りにとって優れていることを証明したのは、6 代目山邑太左衛門(桜正宗)の功績です。天保10 年(1839 年)頃、山邑家は西宮と魚崎の酒蔵で酒を造っていましたが、常に西宮の蔵のほうがいいお酒ができました。この原因が「水」であることをつきとめたのです。それ以来、多くの灘の酒蔵が宮水を求め、灘酒の評価はいっきに高まりました。
 宮水は六甲山系を水源とする伏流水で、夙しゅくがわ川などが涵かんよう養源で、花崗岩の岩盤を通るため鉄分が少なく、さらにトリ貝の化石層によってリン酸、カルシウム、カリが加わります。また、海に近いので塩分も適度に含まれ、これらミネラル成分が清酒酵母の生育と発酵を促進させます。純粋培養酵母を使えなかった時代の安全な酒造りにはかなり有利でした。山邑太左衛門が発見した宮水発祥の井戸「梅の木井戸」には現在「宮水発祥の地」の記念碑が建てられています。(図1)

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 一方、軟水の酒造りは、昔はよく腐造しました。腐造の原因が水であることに気づいた広島の安芸津杜氏 三浦仙三郎は研究を重ね、破精込みの良い麹と低温長期発酵を要点とする「軟水による改良醸造法」を完成させました。これは、現在でも吟醸酒造りの要諦になっています。

3.硬水と軟水

 水質を表す指標の一つに「硬度」があり、硬度の高い水を硬水、低い水を軟水といいます。
 硬度(総硬度)には、図2に示すように、アメリカ硬度とドイツ硬度があります。現在は、アメリカ硬度が一般的ですが、酒造分野では伝統的にドイツ硬度を用いています。ドイツ硬度× 17.86でアメリカ硬度(以下、「硬度」)に換算できます。飲料水は、硬度で10 ~ 100mg/L(ドイツ硬度では、0.6 ~ 5.6)が望ましく、50mg/L(ドイツ硬度:2.8)の水の味が最良とされています。厚生労働省令の公共上水道水質基準では硬度300mg/L 以下、目標は10 ~ 200mg/L としています。
 我が国は火山灰土壌が多いため、カルシウムが少なく、軟水が多いのですが、「宮水」は比較的硬度の高い水です。

4.硬水の酒と軟水の酒

 硬水で造る酒は、ピンのある引き締まった味のお酒になります。一方、軟水で造る酒は、まろやかで繊細な味のお酒になります。軟水で有名なのが伏見や広島・西条の水です。灘の「男酒」、伏見の「女酒」といわれた所以です。
 我が国の酒造用水は、筆者が知っている限りでは、最も硬度の高い水は、ドイツ硬度で15.1、低い水は0.1 で、平均は3.0です(図2)。

参考のため、欧米のビール銘醸地の硬度も載せましたが、ビール醸造でも仕込水の硬度が重要です。
 今から177 年前、チェコのピルゼンで初めて造ったビールは、他にはない鮮明な黄金色、泡も細かく、香と爽快な苦味の魅力的なビールでした。ここの水がヨーロッパでは珍しい軟水だったのです。それ以来、ビール醸造は軟水に限る!となり、ピルスナータイプのビールは現在、最もポピュラーとなっています。

5.伏見、京都の水

 京都盆地の地下構造、京都水盆には琵琶湖の約8割、211 億トンの大量の地下水があるといわれています。その構造は図3のように、巨大な水がめ(水盆構造)で、深い砂れき層と、その下の岩盤から成り、琵琶湖からの水が宇治川を通して流れ込み、出口は天王山と男山の間の1カ所のみで、豊富な地下水を盆地にとどめる天然の地下ダムになっています。
 伏見は、古くは「伏水」で、この地の水は巨大な水盆の一部で、桃山丘陵をくぐって山麓近くで湧き水となる清冽な良質の水です。御香宮神社の「御香水」や「金名水」「銀名水」「白菊水」など多くの名水があります。水質は、カリウム、カルシウムなどをバランスよく含んだ中硬水ですが、宮水と比較すると軟水です。伏見の酒のきめ細かく、まろやかな風味はその水質によるものです。

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6.酒造用水と上水道の水質基準

仕込み用水や割水用水は、先ず上水道の水質基準に適合していることで、さらに酒造りにとって必要な水質項目が上乗せされる、より厳しい水質を求めています(表1)。

酒造用水として最も嫌われる成分は鉄です。鉄は健康上有害な成分ではなく、水道水の基準は0.3mg/L なのですが、酒造りでは異常着色と香味の劣化を促進させる有害な成分で、0.02mg/L 以下と厳しい値が求められます。異常着色の原因は、麹菌がつくる環状ペプチドと結合して赤褐色のフェリクリシンが生成されるからです(図4)。

その他、水に含まれ酒造りに関わる成分は以下になります。

ナトリウム/麹麹の酵素の溶出を促進させます。また、適量で酒の味に「まろやかさ」を与えます。

カリウムとマグネシウム/麹菌や酵母の生育と発酵に必須な成分です。白米からも溶出し、洗米や漬浸中に過剰に流出させると麹菌の生育や酵母の発酵が緩慢になります。

カルシウム/麹の酵素の溶出やその働きを助ける成分です。酒では多過ぎると味が苦・渋くなります。

リン酸/麹菌の生育や酵母の発酵に必須な成分です。

塩素イオン/水に含まれる陰イオンで最も多く、麹の糖化酵素の溶出に必要な成分です。

マンガン/日光着色を促進させる有害成分です。

ケイ酸/水に比較的多く含まれます。酒に多く含まれると苦味や渋味を与えるとの説がありますが不明です。また、ボイラー用水では罐石(スケール)の原因になる要注意成分です。

FBOもてなしびと 2019年8月号 P8-9より引用

https://ienomi.tokyo/column/kagaku-nihonshu2/

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お酒が大好きなライター、アーティスト、編集者、イベンター、フードジャーナリスト、リカーショップスタッフなどなど、お酒を愛して止まない「イエノミスタ」が結成した「家飲み編集部」。それぞれの家飲みの風景や、お酒のセレクト、おつまりレシピなどをご紹介します!... もっとみる